妻の誕生日

妻は63歳になった。

 

私は64歳。

 

歳は正確にとる。

 

去年は何をしていたか?

 

コロナ煽りが高まっていたなあ。

今年も少し飽き飽きしているが、まだ続いている。

妻は元気だ。よかった。

 

アメリカ大統領選挙、コロナ、ウクライナ

 

なにをやってるんだか。

 

そんなに世界は大騒動が続いていて、テレビやSNSは踊る。

 

私は目の前の仕事と家庭、子供たちの狭い世界で好きなように生きている。

 

なんか分断された社会になってきている気がする。

 

目の前にいる人々には何も違和感は感じない。

目の前にいる人々はどう感じているのだろうか?

 

6年前とはずいぶん世の中が変わった気がする。

 

苦しくても楽しくても、目の前の現実は淡々と現れる。

 

佐野が亡くなって、その墓前で線香を未だにあげられないのが残念だ。

 

それにしてもいつかはわたしも妻も死ぬんだ。

 

一歩一歩、死にむかう。

だれもすべての人々も。

 

その一瞬一瞬の時間の連続が生きることだ。

大事な大事な時間。

 

背負っているものは少ない。

それが良い。

背負っても気にせず、すぐに置く。

軽くなる。

 

力は十分でないかもしれないが、精いっぱい背負えるようにしておこう。

 

誰のためか?

 

妻か、子供たちか、友人と思える人たちか?

 

私を見守るのは、亡き父だ。

縋りついてくるのは母だ。

 

私を支えてくれるのは妻だ。

 

そんな妻の誕生日。

 

長く一緒にこれからも旅を続けよう。

 

 

 

愛する妻との散歩-桜冷の夜

忙しい毎日の中で妻とゆっくり散歩する時間もない毎日が続いていた。
4月を迎え、俺も残念ながら誕生日が来てしまったため、57歳になった。でもまだまだ未熟な男。
忙しいのは結構だけどやはり少しは休息も必要。妻も俺のせいで毎朝5時に起きてお弁当作り。大変だよね。ということで食事をした。山棒という蕎麦と鳥がおいしい店があって、そこになかなか連れて行くと言いつつ連れて行ってあげられなかったので今日やっと連れて行くことができた。

頼んだのは

 鰤の塩焼き、春野菜のてんぷら、焼き鳥、ざるそば、鶏の炙りポテトサラダ、温玉じゃこご飯
 生中、黒霧島の水割り、カルピスちゅうはい

ゆっくりと間隔を空けて注文して、時間と会話と食事を楽しんだ。

でも今日は少し肌寒い花冷えの春。帰りはなんと、堺東から石津まで歩いて帰った。
ほんとうはタクシ−で帰ろうと思っていたのだが、全然拾うことができなかった。
それで歩き疲れて来たころにファミレスに入ってデザートを食べ珈琲を飲んで、また歩いた。

花冷えのころ、妻とデート。
若いころの過ごし方とは違う積み重ねてきた時間の重みを感じながら、夜を楽しんだ。

同窓会2014

去年も同窓会は多かった。まあ固定した仲間の定期会食のようなものが三ヶ月に一回。大学の友人たちとの集まりが一回。中学校の仲間でも範囲を広げた集まりが一回。
こうしてみると欠けているのは高校、小学校、幼稚園。

この年齢、社会人としての自分との対比がなかなか面白い。
社会人の仲間はあくまでも生活費稼ぎとリンクしているので絶えず損得が絡み合っている。だから仲間がいるとすればいわゆる、『戦友』とも言うべき人間なのだろうが未だに戦友とは出会ったことがない。
金銭や出世が絡む生々しい世界に身をおいて三十数年間でまだ戦友はいない。

しかしそれは自分の仕事に対する努力というか、突っ込みの浅さかもしれないが。

同窓会の仲間とは戦いを共にしていない分、関係も当然希薄ではあるがふと一瞬の立ち居振る舞いがその旧友の戦いの後をふと見たような姿を感じる。そういう感覚は同窓会の醍醐味かな。

雑感。

新たなお気に入りの楽章

昔からブラームスのピアノ協奏曲第二番はお気に入りだったが、三楽章は飛ばして聴いていた。
経済的な余裕のなさからDVDもブルーレイも最近は全然買うことができない。おまけに再生が出来ない状態。故障!もっぱら頼りはNHKの芸術劇場になっている。毎週日曜日の夜九時から放送してくれている番組。これを録画して楽しんでいる。かなりたくさん録画しておりなかなかのライブラリーとなりつつある。その中のブラームスのピアノ協奏曲。バックハウスベーム・ウイーンフィルが僕の定番だった。ただしこれレコード。雄大さ・伸びやかさ・メロディの美しさ・ブラームス特有の暖かさと憂い、言葉で表すのは難しいがそうしたもの一体となって訴えてくる。ちょうど交響曲第三番と何か似通ったところもある。三十年以上もいろんな音楽を聴き続けているのに、わからないところはまだまだある。それなりに自分もクラシック音楽の通だとは思うが、奥がどこまでも深い。死ぬまでにどこまで聴けるのだろうかと思う。しかし、別に理解競争をしているわけでもないので時間の赴くままに楽しめればいいだろうと思っている。
話がそれたが、手垢がつくほど聴いているこのコンチェルトで第三楽章はいつも飛ばしていた。が、昨年の9月ごろたまたまあのメロデイが耳についた。そして名前は知らないが(調べればわかるが、いまはそれには興味がない)NHK交響楽団のチェロ奏者の男性は風体もいい。年のころは65歳ぐらいか、白髪の髪を侍のちょんまげのように括っている。全身を左右に振りながら弓を動かし秋の暖かい日差しのようなメロディを奏でる。オーケストラと主役のピアノがそのメロディによりそう。ブラームスの音楽は美しい旋律とそこに必要とされている楽器が一体となって音楽を創る。深まりつつある秋の時間を味わい尽くすかのように!たまらんね。感謝。

昨年の紅葉

つい、このBlogを暫くサボっていたので今書こうという気持ちがある内に書いておこうと思う。それでこんな新年早々に昨年のことを書こうとしている。しかも今は深夜の一時過ぎ。

十一月下旬の日曜日。昼過ぎに家を出発して奈良県多武峰談山神社へ行った。昨年の紅葉は少し進行が早く、最盛期は少し過ぎていた。色合いの鮮やかさはもうなくなりつつある色合いだった。

それでもなかなかの景色だった。確か十三層の塔だ。これが見たくて来た。


古き良き日本の建築美。自然との絶妙な融合。山深い奈良の景色。

大晦日です

晦日である。
今年の一年間を振り返ろう。
新年は現場工事の監督業の真っ最中だった。それが三月半ば迄。
家の中を振り返る余裕がなかった。
四月の新年度から約二ヶ月は施主側のクレーム対応係兼。時間的な余裕はできた頃。
しかし、会社は資金不足に陥り異常な毎日。モチベーションは自然と私個人にも影響した。
娘は順調な就職をしたにも関わらず、五月には退職して帰ってきた。
時間的な余裕はこれでなくなる。

と一年を振り返る書きかけの日記は中断され、いつの間にかもう一月五日の午前零時が過ぎた。

今年は勝負の年だ。やるぞ!
何が勝負かって?勝負なんだ。